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2005年7月21日 (木)

マイ・スパイン My Spine

今日は「拘束のドローイング9」です。

私たちは始めに展示会を観て、それから映画を観ました。展示会はマシュー・バーニーのこれまでの作品も多く展示されていたのですが、やはりメインは「拘束のドローイング9」からのものです。
巨大な展示物の数々。鯨の骨格や排泄物である龍涎香(えびせんの匂いがしました)、切り崩したプラスティックの型などです。捕鯨や茶道などの日本の芸術にインスパイアされた作品というのはあらかじめ知ってはいましたがメッセージそのものは理解できませんでした。ただ巨大で醜悪な感じには圧倒されました。
展示会を眺めたあとに映画を観たのですが、ここで謎解き(のようなもの)がしてあります。
捕鯨船内という閉じた空間。着物という着衣そのものの拘束性(ビョークが耐えられずに少しもじもじしているようにも見えました。ちょっとかわいい)。茶道という形式の拘束性。そういう制限されたモノ中に存在する日本の美にマシュー・バーニー自身のアートとの共通項を見いだしたのだなと私は思いました。

kanazawa4素人目に観て少し気になることもありました。
日本の伝統を利用するという手法。これは西欧人にはなんとなくエキゾチックに見えるでしょうが、日本っぽいモノ(日本を表現しようとしているのではないので一向に構わないのですが)が我々日本人にはうさんくさく感じられるという危険性をはらんでいるのではないかということです。

そしてビョークというポップ・アイコンを使ってしまったという点において、これまでにないほどの大衆性を得たかもしれませんが(ビョークが出演していなければ私もたぶん観なかったと思います)、彼女が出演したことで彼のアートそのものがスポイルされたかのような印象を与えてしまうのではないかとちょっと心配です。ビョークの歌声が流れるだけで、彼女が姿を現すだけで、その空間を支配してしまうほどのカリスマ性を備えているからです(ただこの映画の中のビョークは割とおとなしくている印象を持ちました)。
また今回の映画にビョークが出演しなければならない必然性も乏しいように思われました。ストーリー映画ではないので画面に映るのはどうしても(演技はしているのでしょうが)”ビョーク”にしか見えないのです。ビョークファンとしてはお姿を拝見したいのですが、音楽担当だけでも良かったような...
(私も含めて)”ビョークが出演する”映画を観に来たというひとが多かったように思えましたし、この作品そのものが「ビョークが、なんか”えぐい”映画に出ていたよ」と語られるのかもしれません。
マシュー・バーニーは「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のラース・フォン・トリアー監督のように演出に長けた映画のプロフェッショナル(演出のためにビョークを精神的に追いつめてしまうほどの)ではないからこそ、映画というフォーマットに乗ってしまうとつい説明的になってしまうのはやむを得ないのでしょう。展示会に陳列されていた作品を生で見たときの圧倒される感じは映画からはあまり伝わってきませんでした。私の印象ではやはりメインは展示されている作品で、映画はそれを理解してもらうためのガイドなんだろうと思いました。(こう書いてくると、映画がつまらないもののように取られるかもしれませんがそうではないです。日が経っても心に何かが引っかかって流すことができないのです。)

この映画は「ガイド的なモノ」とは書きましたが解りやすい作品ではなく、むしろ非常に難解です。撮影している間、出演者、スタッフがどれほどマシュー・バーニーの真意を理解していたかはあやしいと思います。しかし多くの(理解していないであろう)スタッフを束ねて、(おそらく)膨大な予算を使って、一つの作品を創り上げるのは、相当の決意と根気がなければできなかったと思います。その意味でマシュー・バーニーは単なる芸術家ではなくて相当強い人間であると思いました。

余談(1)あの巨大な展示物をどうやって運び入れたのかとか今後どう運び出すのかということがとても気になりました。

余談(2)毛皮の着物がとってもかわいくてビョークによく似合っていました。

余談(3)プログラムを予約しました。でも開催に間に合わないなんて、よっぽど時間ぎりぎりだったのか、プログラムに納得できなかったかのどちらかでしょうね。

kanazawa2

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コメント

『今日の猫村さん』の記事へのTBありがとうございました!『拘束のドローイング展』行かれてたんですねえ!さっそく感想拝見させていただきました。

”映画というフォーマットに乗ってしまうとつい説明的になってしまうのはやむを得ないのでしょう。展示会に陳列されていた作品を生で見たときの圧倒される感じは映画からはあまり伝わってきませんでした”←同感です。僕も展示作品の方が心にグッときました。展示作品を見て想像する『拘束のドローイング』の物語は人それぞれ違うと思うんですが、映像はその想像する部分をうばって、すべてをさらけだすように色んなものを詰め込みすぎてるような感じがしました。
でも、やっぱり映像と展示作品両方見るべきだとは思いました。(バーニーのアート感覚とビョークの音世界の入り交じった映像は部分部分でほんとに素晴らしかったですから。)
あと、僕もビョークは音楽だけで映画出演はしないほうがよかったと思います・・・。バーニーさんは二人のラブラブ度を観客にどうしても見せたかったんでしょうねえ・・・。

投稿: A | 2005年8月16日 (火) 21時04分

るきさん。コメント&トラバありがとうございました。

去年の記事にコメント差し上げて申し訳ありません。
マシュー・バーニー展の雰囲気を伝えてくれてありがとうございます。
この映画については、日本に馴染んだ違和感の少ない映像を作ったものだと思いました。手法はどうあれ、何か次のステップへの足がかりになったような気がします。
ビョークの一面も映像で確認できてよかったです。

投稿: yanks | 2006年2月15日 (水) 07時30分

yanksさん、こんにちは。

yanksさんの記事を読んでまたこの映画を観たくなってきました。当時はあまりにも「えぐい」のでもうお腹いっぱい、という感じだったんですけどね。

投稿: るき | 2006年2月16日 (木) 06時49分

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